そこにしかできない介護


 

いわき市では毎月「オレンジカフェ」という、認知症の方と、そのご家族のためのつどいの企画が開催されています。会場には、地域の福祉事業所のスタッフや、地域包括支援センターの職員などが駆けつけ、様々な相談を受けつけています。会場となるのは、介護事業所や喫茶店、カフェやスーパーの休憩所など様々。定期的に行われていることもあり、各会場とも、認知症の悩み事や介護についての情報を共有しようと、多くの家族が訪れます。

先日4月19日、いわき市四倉で、いつもとはちょっと違う「オレンジカフェ」が開催されたので、いごく編集部、取材をしてきました。通常は認知症の方やご家族がゆったりと交流するような小さなイベントなのですが、この日は、現役の医師と認知症の方、さらにそのご家族も交えて「トークイベント」として開催するそう。そこで話される内容にとても興味が湧いたのでした。

 

マルトカフェが、さまざまな人たちの「つどいの場」に早変わり!

 

会場は、四ツ倉駅前のスーパーマルトの店内にある「マルトカフェ」。テイクアウトした総菜を食べたり、お茶を飲んだりするイートインスペース。買い物を終えた客が保冷用の氷を取りにくるような、とても日常的な場所です。でも、特別な場所なんかじゃなくて、日常的に使われているところで語り合おうじゃないか、そのほうがきっとリラックスできるよね、という感じで、なんともいい空気感が感じられました。

 

—かつての教え子が、恩師の認知症を診る

トークイベントでは、四倉で長く地域医療に関わってきた木村医院の木村守和先生、四倉在住で認知症を煩っている小豆畑知子さん、さらにはその娘さん。その三人での「鼎談」という形をとりました。

小豆畑さん、とても認知症とは思えない口調で「今日はよろしくお願いします」と会釈。ちょっと動きはゆったりめですが、ごくごく普通のおばあちゃんそのもの、といった雰囲気。とてもにこやかにしてらっしゃるので、先生やご家族とよい関係を作っているのだなあと思っていたら、小豆畑さん、もともと教員で、かつては木村先生の担任を務めていたそうです。

 

木村医院の木村先生と、木村先生の恩師でもある小豆畑さん。

 

木村先生も小豆畑さんを「先生」と呼んでいて、「守和くん」と「小豆畑先生」の関係だった頃の、ちょっとした昔話からトークがスタートしていきます。

娘さんは「母は、つい最近のことはすぐに忘れてしまうけど、昔のことはちゃんと覚えていて、教師の頃に教えた子どもたちは、今会ったとしても、ちゃんと名前を伝えてあげれば思い出すことができるんです」と、小豆畑さんの様子を語ってくれました。小豆畑さんがとてもニコニコしているのは、目の前の木村先生が、かつて教えた「守和少年」として見えていたからかもしれません。

 

認知症の女性、ではなく、かつての恩師として自然に振る舞う木村先生。

 

このエピソードは、認知症の方の「つい最近の短期的な出来事の記憶は抜け落ちてしまうが、長期的な記憶や昔体験したことはしっかりと覚えている」という特徴と合致します。だからこそ、小豆畑さんを「認知症のおばあちゃん」として認識するのではなく、かつて教師をしていた「個人」として向き合ったほうがいい、ということかもしれません。

娘さんは、その後、こんなことも語っています。「昔からの友人を連れてきたり、そこで昔話をするととても表情が明るくなるし、ゆったりとした時間が過ごせるみたいです。だからもし家族が認知症になったら、昔からの友人と一緒に覚えていることを話したりするのがいいと思います。」

木村先生もそれに応答するように「私も小豆畑先生と接する時は、認知症の患者という存在ではなく、恩師として接しています。もう以前から診てますから、認知症になったとしても関係は変わりはなくて。それはごくごく普通のことなんです。」

 

認知症の母親の介護について素直な思いを吐露して下さった小豆畑さんの娘さん。

 

そんな風に接することができるのは、小豆畑さんが認知症になる前の様子を、医師である木村先生がちゃんと知っているから。娘さんは「木村先生は、認知症になる前の母をよく知っていて、だからこそ、認知症の患者ではなく、1人の人間として母を診てくれる。それがとてもいいんだと思います」とおっしゃっていました。

四倉生まれの木村先生と、その恩師。教え子は医者として四倉に戻り、年を重ねた恩師を診察しながら、老いや病に寄り添うように伴走してくれる。これは、みんなが「四倉」という地域に長年根ざしてきたからこそ実現できる関係性だと思うのです。地域ならではの長期的関係づくり。それは地域包括ケアを成立させる大切な要素です。

 

—認知症の方を「地域」で支える

もう一つ、印象的な言葉がありました。娘さんは、「認知症になると、一番親しかった人間が一番辛く当たられてしまう」と、普段の介護の大変さにも言及した上で、「助けてほしい、こんなことを手伝ってほしいと、思い切って助けを求めたほうがいいと思うんです」と。小豆畑さんを知る古い友人たちや、娘さんの友人たちが家を訪れたり、小豆畑さんのおしゃべりの相手になったりするだけで、家族にはありがたいのだと。

これも、地域ならではのことではないでしょうか。友人も同級生も親戚も、多くの人たちが四倉にいる。だから、誰かが助けを必要としている人がいるときに、気軽動くことができて、しかも、みんなが認知症になる前の小豆畑さんを知っていて、そんな人たちだからこそ、小豆畑さんも気を許してリラックスでき、娘さんの負担も少し軽減する。

やはり、認知症の人をどう受け止めるのかというのは、その人と家族だけの問題ではなく、「地域」が関わる問題なのかもしれません。

とすると、地域の結びつきが強い、いわきのような土地に合う認知症の受け止め方や、地域医療のあり方というのが浮かび上がってくるような気がします。施設や病院ではなく、その地域のなかで、誰かが少しずつ誰かの負担をシェアしていく。それが何かしらの「恩返し」のようなものになっていく、というような。

 

別れ際の笑顔。その後の、寂しそうな顔。二人の関係性がにじみ出ていました。

 

木村先生から花を手渡された時の小豆畑さんのうれしそうな表情と、木村先生が仕事の都合で会場から出ようというときの寂しそうな表情、そこに、地域医療の何か根源的なものを見た気がしました。いつか自分の親が、自分の親戚が、友人の親や、もしかしたら自分も認知症になる。そういう時代が来る前に、今から少しずつ環境と心の準備をしていくと、その準備は、どこかで「地域」と重なりあってくるような気がします。

オレンジカフェ、またいごく編集部で取材したいと思います。

 

認知症に関するパンフレットや資料が満載の会場。

 

オレンジカフェでは「血圧測定」も行い、簡単な健康アドバイスを受けることができます。

 

自律神経の状態を計測できるというハイテク医療機器も登場。

 

コーヒーをのみながら、まったりと、しかし認知症のリアルを学ぶ。それがオレンジカフェ。

 

オレンジカフェについて、詳しくは、いごくウェブサイトの「つながる」カテゴリを調べてみて下さい。当該月の最新のオレンジカフェの開催情報が閲覧できます。ちょっとでも気になることがあれば、ぜひカフェにご参加下さい。お待ちしております。

 

 


公開日:2018年04月28日