VRを通じて「生きにくさ」を体験


 

 

なんらかの生きにくさを抱えている人がいる。その人に寄り添おうと思っても、支援したいと思っても、その人がどう感じ、世界がどのように見えているのかは、なかなか分からないものだ。だから歯がゆい。認識のズレも生まれる。支援したい。 手を貸したい。けれども、ハードルはやはり高い。

もし、その人になりきることができたら。障害や病気の理解も進み、その人にかける言葉も、支援の一歩目も大きく変わるだろう。意識のズレや歯がゆさ、その歯がゆさゆえのストレスも軽減されるのではないだろうか。でも、そんなことできるはずがない。病気や生きにくさを抱える人に「なりきる」ことなんて・・・・。

 

 

いや、それが、できるんです。やります。

今年9月に行われる「いごくフェス2018」において、私たちは「VR認知症体験」のプログラムを実施することになりました。この体験プログラムは、仮想現実・ バーチャルリアリティの技術を用い、認知症の人に見えている世界や、認知症の人に聞こえている声や音を実際に体験することで、認知症の理解に役立てようというものです。

制作しているのは、サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」を運営している 株式会社シルバーウッド。認知症の方への徹底したリサーチにより、まったく新しい「VR認知症体験」を制作、全国で体験プログラムを提供している、今大注目の会社です。いごくフェスのプログラムも、同社の全面協力のもと、限定100人になりますが実施できる運びとなりました。

 

参加者全員がゴーグルを装着。初めて装着する人にとってはインパクトがかなり大きいはず。

 

実は先日、その「VR認知症体験」の事前体験会が、医療・福祉に関わる人たち向けに開催されました。今回は、その模様をこちらでご紹介します。

編集部とともに体験したのはカタヨセヒロシさん。いわき市出身。即興演劇集団ロクディムのメンバーとして全国各地で公演の旅を続けています。昨年のいごくフェスに続き、今年のいごくフェスでも司会を務めて頂くことになっており、ならばこのVRも事前に体験しようということで、今回参加して頂きました。

 

ゴーグルを装着する前に、滑り止めのアイマスクを装着!

 

VRのゴーグル。360度見回すことができる。やはり近未来感が強い。

 

うおえええええ! こんな風に見えるのか、おもしろーーーい!

 

えっ? えっ? なにこれ! 

 

ゴーグルのモニターに見えてくるのは、認知症の方に見えている世界そのもの。

冒頭、いきなりカタヨセさんから「おおおおおお」っと声が出ます。この映像だけは編集部メンバーも見させてもらいましたが、冒頭の映像は、なぜかビルの屋上の、あと一歩前に進んだら落ちてしまうというギリギリのところに立たされている映像から始まります。

あと一歩でビルから落ちる、とても危険な場所に立っているのに、なぜか両隣には笑顔のヘルパーさんがおり、「どうぞ一歩足を踏み出して下さい」と優しく話しかけてきます。「あなたは私を殺す気か!」と思わず叫びたくなるようなシチュエーションですが、実はこれ、認知症の方に起こりやすい症状なんだとか。

認知症になると、距離感や遠近感がつかみにくくなり、本当は車の座席から降りるだけなのに、その一歩が、とてつもなく遠く感じたり、高いところから飛び降りるような感覚になる人も多いそう。この映像は、つまりそれを表現しているわけです。

認知症の自分は「なにをするの!」と思っているのに、ヘルパーさんの立場では「この人、どうしたんだろう」となってしまう。お互いの認識に溝が生まれてしまいます。すると、信頼関係が築けず、ストレスを感じて認知症がさらに進行してしまう。それを突破するには、「今、この人には違う世界が見えているかもしれない」という想像力が必要でしょう。

あまり詳しく説明するとネタバレになってしまうのでこの辺にしておきますが(ほんとはもっと書きたい)、この映像を通じて「一人称」で、つまり「自分のこと」として認知症を体験することで初めて、これまでとは違った想像力を起動させることができるようになる、ということかもしれません。想像力を働かせれば、目の前の人に対する対応が変わるはずです。

いやあ、仮想現実、よくできてます。こういうことを体験するためにVRがあるんだなって思っちゃうくらい。

 

認知症を「わたし」の立場で体感したカタヨセさん。

 

カタヨセさん曰く。「純粋に面白いだけでなく、認知症ってこういうことだったのか、っていうことを感じられると思います。体験が純粋に面白いので、記憶にも残ると思いますし、これを体験する前とした後で、高齢者や障害者、生きにくさを抱えているように対する見え方が変わりそうですね」。

映像はこのほか、「認知症の方に起こり得る状況」を体験できるプログラムが複数あり、シルバーウッド社のスタッフからの解説や、ワークシートに感想などを書き込むワークもあり、1時間半の「学びの場」にもなっていました。映像を見るだけではなく、映像を見た感想をグループ内でシェアすることで、より濃厚な学びになっていく。プログラムとしての完成度が非常に高いです。

いごくフェス当日の「VR認知症体験」には、なんと、シルバーウッドの代表、下河原忠通さんも来場。創業者としての思いなども織り交ぜながらのワークショップとなりそうです。ぜひお楽しみに。

ゲームやエンタテイメントの世界ではすでにVRは市民権を得ていますが、まだまだ未体験という人も多いはず。VRの面白さを純粋に体験するもよし。認知症について考えてみるもよし。とにかく体験しないのと体験するのでは絶対に世界が違って見えるはず。ぜひ体験ください!!

 


公開日:2018年07月25日