社会を変えるためのアングルシフト

igoku Fes2018「VR認知症体験」レポート


 

いごくフェス2018のスペシャルプログラムとして開催された「VR認知症体験」。仮想現実・ バーチャルリアリティの技術を用い、認知症の人に見えている世界や、認知症の人に聞こえている声や音を実際に体験することで、認知症の理解に役立てようというプログラムです。

いごくフェス当日は、「VR認知症体験」を全国で展開している株式会社シルバーウッドの代表、下河原忠道さんご本人も来場。映像と映像の間に講話を挟みながらおよそ2時間。集まった100人の人たちが、「一人称=私ごと」として認知症を体験しました。

映像が始まると、会場から「おおおおお」とか「わあああ」とか、歓声が同じタイミングで巻き起こります。今まで見たことがないような景色が、みなさんに見えているのです。今まで体験したことのない「認知症の世界」。それを体験することで、認知症を「自分ごと」として捉えることができるのです。

 

この黒いゴーグルの中で、小さな社会変革が生まれている(撮影・鈴木穣蔵)

 

100人もの人たちと一緒に学ぶ。共に考えることの重要性(撮影・鈴木穣蔵)

 

医療や介護に関わる専門職の方だけでなく、一般の方の姿も目立ちました。興味本位で参加した人、VRを体験してみたいという人。動機や思いは様々。それでも、皆がゴーグル越しに同じ景色を見て体験したという時間を共有できた様子。なんとも言えない一体感が会場を包み込んでいました。

今回のプログラムでは、VR認知症体験を開発・企画している株式会社シルバーウッドの代表、下河原忠道さんも来場し、プログラムの合間を縫って講和を行いました。下河原さんの思いや理念に触れて、認知症に対する考え方を変えた人も多いはずです。

プログラムの後、熱気の残る会場で下河原さんにお話を伺いました。

 

下河原さんの講和が、映像体験にさらなる深い理解をもたらしてくれた(撮影・鈴木穣蔵)

 

−認知症の世界をVRで体験

ゴーグルのモニターに見えてくるのは、認知症の方に見えている世界そのものでした。例えば、自分がなぜかビルの屋上の、あと一歩前に進んだら落ちてしまうというギリギリのところに立たされている映像とか。認知症になると、距離感や遠近感がつかみにくくなり、本当は車の座席から降りるだけなのに、その一歩が、とてつもなく遠く感じたり、高いところから飛び降りるような感覚になる人も多いそうですね。それも今回初めて学びました。

あと一歩でビルから落ちるような、とても危険な場所に立っているのに、なぜか両隣のヘルパーさんは「どうぞ降りてください」と笑顔で優しく話しかけてきます。自分には、ビルから落ちるような局面なのに、周りに見えている景色は全く違うんですね。実際に見ることで、かなり理解が膨らみました。

下河原:認知症の人たちにとって世界はどう見えているのか。普段どんな生きづらさを感じているかを理解することが必要です。 そこでVRが有効だと考えたんです。VRって実際に自分の身の回りにはない環境を体験するができますし、その意味では「誰かに成り代われる技術」とも言える。VRを通して「認知症のある人の不便」を体験し、肌で感じると、今まで見えていた景色とは違うものが見えてきます。

認知症サポートというと、認知症の人を真ん中に置いて、認知症ではない人たちが認知症の人をどうサポートするかという話になることが多いですよね。つまり「自分は健康な第三者で、認知症を患っている人を助けてあげる」という感覚。でも、それではうまくいかないと感じてきました。

例えば、風邪をひいている人を見ると、「ああ、この人は辛そうだな」と同情したり、心配して「大丈夫?」と自然に声をかけられますよね。 それは、私たち誰もが風邪をひいたことがあって、熱が出たり、のどが痛かったり、という症状を想像できるからなんです。 認知症は自分が体験したことがないから、何が辛いか想像できないんです。でも、それが体験できたらどうでしょう。

 

アングルシフトの重要性について話して頂いた下河原さん

 

−違うものに寛容な環境が、イノベーションを生む

今回のVR体験。まさに認知症を「体験」できるものでした。映像プログラムの中には、認知症の一つの症状である「幻覚」を再現したものがあります。いるはずのない人が立っていたり、食べものの上に虫が載っていたり。当事者の方の「幻視すら一緒に楽しんでもらいたい」という言葉はとても印象的でした。

それを体験すると、「認知症の人が見えている世界」が見える。それを一旦体験できれば、いざ、認知症の人が苦しんでいるのを目の当たりにした時、「この人にはもしかしたらあの体験で見たような景色が見えているのでは?」と、想像することができるかもしれません。

下河原:認知症を体験したことで、きっと認知症の概念が変わったと思います。 そんな人たちが増えていけば、困っている人を見かけたとき、「もしかしたら、この人は認知症かもしれない」とか「自分に何かできることはあるか」と考えて動ける人も増えていく。そして、そのような人たちがもっと増えていくことで社会が変わると思っています。

高齢者福祉も、障害福祉もそうですが、ある生きづらさを抱えた人を閉じた関係の中で守って支えていくことも必要かもしれません。でも、こうして体験してみんなで気づいて、同じ人として、社会の中で一緒に暮らす。それだけでも変わると思うんですよ。

世の中には、自分が知らないところで困難を抱えている人がたくさんいます。画一的な価値観を溶かしていくことで、仮に自分の考えが常識から外れていたとしても、社会につぶされることはなくなるはずです。それに、違うものに寛容な環境のほうがイノベーションを生みやすくなりますから。その意味でも、こういうVRのような技術を福祉の分野に生かしていきたいですね。

 

短い時間ながら濃密なインタビューの時間となりました

 

−アートプロジェクトのような「アングルシフト」

認知症体験をする前と、体験した後で、見える景色が違ってしまう。それは、アートプロジェクトに参加した後のような衝撃があります。下河原さん率いる高齢者住宅「銀木犀」も、高齢者の住宅なのに、駄菓子屋さんがあって地域の子どもたちが集まってくるコミュニティスペースになっています。それも、まるでアートプロジェクトが日常化したような場所になっているのです。下河原さんはまるでアーティストのようにも感じられました。

下河原:いやいや、そんなアートとか芸術の専門性はないですよ。銀木犀もそうなんですけど、特別なことをやっているつもりはなくて、純粋にビジネス、お金儲けだと考えています。ただ、ビジネスってそもそもそういうものだと思っています。何か生きづらさを感じている人たちの間にビジネスチャンスはあるし、多くの人たちに必要にされてこそのサービスですしね。お金儲けと社会変革って、実は近い距離にあるんじゃないかと思います。

意識しているのは「アングルシフト」です。多様性ってよく言われるけれど、その言葉を生活の中に浸透させていくためには、実際のコミュニケーションの中で腹落ちする瞬間を作ることが大切です。その経験を積み重ねることで、心の中に自由な空間を広げていくことができますよね。見えなかった世界が見えるようになる。そのアングルシフトにはVRというテクノロジーが一役買ってくれます。

アングルシフトといえば、このいごくフェスだってそうですよ。昨日の前夜祭も見させてもらったんですが、めっちゃゆるくて超いい感じでしたよね。あんな地域包括、ぼくは見たことがありませんよ(笑)。でもね、あれがやっぱりいいんだと思います。参加した人の見え方が変わる。死ぬとか生きるとか。そういうもののアングルが変わるわけですよね。そこが出発点になるし、そういうことがすごく楽しい。ぜひこの調子で突っ走ってください。

 

profile 下河原 忠道(しもがわら・ただみち)
株式会社シルバーウッド代表取締役。一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事 高齢者住まい事業者団体連合会(高住連)幹事。1988年Orange Coast College留学後、2000年株式会社シルバーウッド社設立。 薄板軽量形鋼造構造躯体システム開発、特許取得に成功、同構造の躯体パネル販売開始。2011年直轄運営によるサービス付き高齢者向け住宅を開設。2016年VR認知症プロジェクト開始。著書:「もう点滴はいらない」(ヒポサイエンス出版)

 


公開日:2018年10月25日