今回のいごくフェス、実は、まだ第2回。第1回のいごくフェスは2018年2月。今年です。なんならイベント名も「igokuFes2018」だから全く同じ。ですが、7カ月のみのインターバルを経て、屋外で前夜祭をやってみたり、100名参加のVR認知症体験をやってみたりと、明らかにバージョンアップしているメチャクチャなイベントなんです。
その中で、前回と会場も内容も同じ。まさにどっしりと腰を据えて開催されたプログラム「シニアポートレート撮影会」。65歳以上の高齢者を対象に、ご自身やご家族、それぞれの想いに応え、素敵な写真を残すことで、これから先もずっと、撮影した写真や撮影時間そのものが素敵な思い出となるようにと企画したプログラムです。
撮影は前回に引き続き、写真家の平間至さん。撮影は、午前10時30分から始まりました。
今回参加された方は、年齢も66歳から83歳、大きな団体の会長として精力的にいごいている方、仲の良いご夫婦、会社を経営されている方、日々お孫さんと格闘されている方などさまざま。申込みの動機も、終活として遺影写真を意識している方、一流カメラマンに写真を撮ってほしい方など、こちらもさまざま。
そんな愛すべき参加者の方たち。アリオス中リハーサル室の二つの重い扉を開けた先に広がる雰囲気にはさすがに緊張気味でした。それもそのはず。前日から平間さんとスタッフの皆さんがセットを組み、まさに「平間写真館iwaki」といった会場の雰囲気になっているんです。
ただ、できあがりの写真を見ると、そんな堅さは微塵も感じることがなく、当たり前のようにみんなが自然で、素敵な表情の写真となっています。撮影時間は10分程度。その短い時間にいったいどんなマジックが隠されているのでしょうか。
-「撮影する人-される人」の壁を超える
リラックスしたスタイリングの合間、平間さんご本人が、すべての方に「今回撮影を担当する平間です」と挨拶をされていました。丁寧に、ひとりひとりに語りかける平間さん。今思えば、この挨拶から、すでに「撮影」は始まっていたんですね。
いざ撮影が始まると、皆さん緊張のギアが1つあがる感じ。団体の長として、TV出演をしたり様々な経験している方でさえ堅さが感じられるほど。しかし、平間さんが言葉で緊張をほぐしていくんです。好きな食べ物を聞いたり、趣味を聞いたりと。撮影されている方も、撮影ということを忘れ、ただ会話をしているような感覚になるのでしょう。
そして掛け声。ぼくは「はいチーズ!」しか知りませんが、この撮影会ではいろいろな掛け声が飛び交います。好きな食べ物を聞いた後の「せーの、まぐろ!」だったり、お孫さんから普段呼ばれている「ばあば」だったり。しかもこの「ばあば」が、お孫さんからの「とっても優しいばあばだけど、こわいときもある」の一言で「鬼ばあば」にまで進化! そんなひとつひとつの言葉が、表情を引き出していくんです。
-「笑顔」のコミュニケーション
撮影の肝とも言える言葉や声の力。それをストレートに使えない方もいらっしゃいました。午後一発目の撮影にいらっしゃったのは聴覚障害のある方。耳が不自由なので、直接の声は届きません。でも、平間さんのスタッフには通称「笑顔隊」とも呼ばれる百点満点の笑顔を提供するスタッフがいるんです。
その笑顔や、手話通訳の方からその場で教えてもらった手話で「会話」をしていく。スタッフ全員が手話で「笑顔」をしたり、「はいチーズ」とばかりに好きな食べ物の「チーズ」をしたり。この時間・空間が、みんなで楽しもうという想いで満たされていきます。
できあがりの写真を見ると、、、、撮影する側、撮影される側の垣根を越えた、あの時間・空間を共有した証拠として、「満面の笑顔」が並んでいました。
−家族も一緒に、思い出を残す
実は今回の撮影会、前回とひとつだけ変更になったことがあります。それは平間さんからご提案いただいた、ご自身お一人の撮影と併せて、ご家族の方も一緒に撮影しようというもの。この試み、本当に大成功となりました。
それぞれの日常を知るご夫婦での撮影では、おそらく普段は絶対しないであろう、腕を組んだり、肩に手をおいたりしての撮影。恥ずかしさもあってか最初はぎこちなさもありましたが、会場に流れる優しく楽しげな雰囲気や平間さんの言葉で、どんどん積極的になっていくんです。みなさん、ほんとうに楽しくてたまらないといった感じ。
おひとりで撮影する方、ご夫婦でも撮影する方、さらに家族みんなで撮影する方。それぞれに良さがあって、そこには、その方の人生だけでなく、ご夫婦の関係や、家族だからこその表情がにじみ出て来ます。そう、出来上がった写真は、どちらが良いとかではなく単純に違いしかない。そこに順位なんて存在しない。あの日あの場所で平間さんが無数に切ったシャッター、そのすべてがいい写真なんです。
三世代のご家族が大集合して9名での撮影となった方もいました。直前まで参加人数が未確定だったので、9名での撮影となることを平間さんが知ったのは撮影直前。限られた時間と撮影スペースのなかで、立ち位置や、顔の角度等を本当に細かく微調整していく様子は、いいものを創り出そうとする妥協のないプロフェッショナルな空間となっていました。
撮影後、ご家族の皆さんが名残り惜しそうに、平間さんの過去の作品や写真集などを見ながら談笑している姿がありました。撮影とはまた違う、ゆるやかで素敵な空気。誤解をおそれずに言えば、平間さんに撮影を承諾いただいた時に、素敵な写真ができあがることは既に約束されていたのかもしれません。このご家族が過ごしたような素敵な時間こそ、この企画のハイライトだという感じがしました。
−素敵な時間を共有できた思い出
すべての撮影が終了した後、平間さんは、こんなことを語っていました。「撮影会に参加された方々は、皆さん日々ポジティブに生きることを心がけている印象がありました。ぼくはシャッターを切りながら各々の人生をしっかりと後世に残すことを考えました。それは写真のイメージがその人のイメージとして残り、大切な記憶のきっかけになるからです」。
そうか。撮影中頻繁に声を掛けたり、会話をしたり、もちろんそれも大事なことだけれど、そういう平間さんの真摯な思いが相手に伝わって、あの写真ができあがるんだと気づかされました。撮影時間は数十分。けれど、その人が重ねてきた時間は何十年とある。だからまず、誰に対しても丁寧な挨拶から。あそこから撮影が始まっていたんです。
そしてそのうえで、被写体の人生を、真摯に丁寧にユーモラスに記録し、大切な人と過ごす素敵な日常を切り取り、そんな時間をお互いに共有する。だから、みんな自然で素敵な表情の写真になる。それが、平間さんのマジックに対しての、ぼくなりの答え。
今はスマートフォンで、いつでもどこでも、写真だけでなく動画も撮ることができます。ただ今回、特別だけれど、日常の延長にあるあの場所で撮影された写真には、いろいろな人のいろいろな想いが詰まった1枚になっています。動くこともなければ、音が出ることもない。けれど、素敵な時間を共有した思い出そのものとして、写真は、ずっと残り続けるのです。
文:瀬谷伸也(いわき市地域包括ケア推進課)/写真:鈴木宇宙
公開日:2018年10月12日