「死」とおしゃべりする旅、きみの呼びかけ。(前編)


 

昨年末に、埼玉県立不動岡高校の生徒たちと行った「いごくツアー」。福島県のホープツーリズムの一環として行われたそのツアーに、実は、ひとりの大学生が参加していました。聖心女子大学で哲学を学ぶ前川あずささん(4年)。前川さんをたびに誘ったのは、シンプルに「哲学」を学ぶ若い大学生がこのツアーで何を感じるかを知りたかったから。前編と後編の2回に分けて、前川さんの感じたいごくツアーのエッセイを紹介します。

 


 

「死」とおしゃべりする旅、きみの呼びかけ。(前編)

文:前川あずさ

 

「死」って何となく、友だちだと思っていた。それも、男友だち。いつも一緒にいてくれるわけじゃないんだけれど、どうしても寂しくなった夜にふらっと現れてくれて、何を語るわけでもなく隣にいて。カーテンの向こうが明るくなり始めたら缶コーヒー1本置いて帰ってく、みたいなそんな感じ。だから大体どんなやつか知っていて、私は「死」が好きだったし、たぶん向こうも、私のことを好きなんじゃないかな、なんて勝手に考えていた。

だけど絶対に恋人にしようなんて思わないのは、彼がそうやって、私だけじゃない、誰のところにも出かけて行ってしまうのを見ているからだった。行き先に関してはもう、女も男も、子どももお年寄りも関係なくて、私みたいに「死」にちょっと心を許してる人のところに行くときもあれば、見向きもされてないのにわざわざ誘いに行ってしまうときもあるし、自分の正体を隠して近づいたり、嫌がられるのも構わないで言い寄ったり、もう散々だった。

そうして、最終的に自分のものにするかどうかは結構気まぐれで、見ていて「死」はとても危うかった。危ういし、危なかった。感動するほど優しいときがあっても、引いてしまうくらい残酷になれるのが彼だったから、どんなに心は許してもこのからだは渡さない、と決めていた。

 

さて、今回の「いごくツアー」や、それを含んだ埼玉県立不動岡高校の「ふくしま学宿」を見ていて、私は「死」と友だちであると同時に、「死」としか友だちじゃなかったな、ということを思った。それはつまり、「いごくツアー」で考えることになったのは「死」についてではなく「死ぬ」についてだった、ということだ。

対象としての「死」ではなく、ひとつの出来事としての、「死ぬ」ということ。点ではなく線、静ではなく動、まさに「いごいて」いるそれは、私が知っていると思っていたいつもの「死」とはまた別の人格だった。残酷なのは変わらないのだけれど、何かもっと確実で、普遍で、何よりも「死ぬ」はとても、雄弁だった。いつもは何も語らない「死」が、「死ぬ」という人格を纏った途端に、訥々とことばを紡ぎ出したのは驚きだった。

「いごくツアー」は、そんな「死ぬ」ということ、あるいはその周辺にあるさまざまな「いごき」と、何となく気負わないままにおしゃべりをする旅だったと思う。話し合いとか対話とかいう感じじゃなくて、おしゃべり。

それは普段、私たちが死という言葉を突きつけられたときに慌てて背中に隠してしまうような、楽しむということ、笑うということ、素直であること、そんなようなことたちを、置き去りにしないということでもあった。無いことにはできないふまじめさを見殺しにしないからこそ、然るべきときのまじめさも生き生きとしてくるんだな、ということも大いに感じた。

では、そんなおしゃべりの中で、「死ぬ」はどんな呼びかけを発していたのだろうか。そもそもなぜ、彼は突然に声を持ち始めたのだろうか。そして私たちはその呼びかけを、どのように受け止めてあげられるのだろうか。小さくも大きくもない中くらいの問いたちを、中くらいのことばで、考えてみる。

 

 

「死」を想像してみてください、と言われたとして、そのときに頭に思い浮かぶのは何だろうか。死に関する経験や記憶、考え方は人それぞれだから、答えはまさに十人十色だと思う。自分自身の死にかけた瞬間のことかもしれないし、誰か近しい人を亡くした記憶かもしれないし、あるいは今まさに自分の中にある漠然とした「死」のイマージュかもしれない。

いずれにしても、そこに思い浮かべられているのは「終わり」そのものだ。それはまた、不在そのものでもあり、沈黙そのものでもある。その一点だけを担った「死」は、文字通りこの世のものではなくて、私たちが生きているこの世界の果てを踏み越えた向こう側に住んでいる。

だからこそ「死」は、私たちと何かを分かち合うためのことばを持たなかった。また、ことばを交わす必要もなかった。終わりそのものである「死」は、常にわたしひとりの、あるいは誰かひとりのものであって、そこにあるのはただ、「死」とわたしのふたりぼっちだった。

ところが、「死ぬ」ということを考え出したときに、そのふたりぼっちは様相を変える。「死ぬ」ということをほかの言葉で言い換えようとしてみると、少しそれが分かる。「死ぬ」ということはたとえば、棺に入れられるということ。看取られるということ。住まわなくなるということ。応えなくなるということ。共通するのは、それが行われるときわたしはひとりではない、ということだ。ふたりぼっちだった「死」との場所に「死ぬ」が施したのは、「他者を連れてくる」ということだった。

 

 

この世で現に起こる出来事としての、「死ぬ」ということ。それは決して、ひとりでは成し遂げられない。私たちは、ひとりでは死ねない。ひとりでは生きられない以上に、ひとりでは絶対に死ぬことができない。これが、私が「いごくツアー」でいちばんに実感したことであり、「死ぬ」の第一声だった。

究極的には、動かなくなった私の死体を処理する誰かが必要だということ。延長して、そこに至るまでの「衰える」という過程にも、それを支える誰かがきっと必要になること。その事実は、将来介護される身になるかもしれない、なんていうことを頭で考えるよりもずっと切実に、私に迫った。

そうして、「死ぬ」という人格を纏った「死」とのおしゃべりは始まる。ふたりぼっちだったときは要らなかったことばだけれど、そうではなくなった私たちには今や、ことばがあるのだった。自分以外の誰かと関わることになって初めて、ことばは生まれる。聴かれる耳があってようやく、声になる。それは、何が相手だって同じことだった。

僕らは、ひとりでは死ねないんだよ。

私が初めて耳にした「死」の声は、予想に反してとても優しかった。缶コーヒーを1本置いて、でも無言で背を向けて去っていくあの優しさとは違う種類のものだった。ひとりでは死ねないんだよ、という言葉は、私たちの誰もがあまねく持っている弱み、もっと正確に言えば「自分自身に対する無責任さ」みたいなものを、淡々と私に伝えた。それはただひたすらに、救いだった。

誰も、自分で自分を看取ることはできない。生きているあいだはどんな経験も自分のものだけれど、自分の「死」だけは、自分のものなのにも関わらず、自分のものにはならない。責められたってどうしようもないその弱み、無責任さは、でもだからこそ、放っておけばひとりぼっちの人間に他者を、連れてくるのだった。

ひとりでは死ねないんだよ、だからひとりでは生きられないんだよ。そして、ひとりで生きようとしなくてもいいんだよ、だってみんな同じように弱いのだから。低く響く「死」の言葉に、何でもっと早く言ってくれないのよ、と思ったけれど、それ以上にはっきりと言うべきはただ、ありがとう、なのかもしれなかった。

 

前編、ここで終わり

 

プロフィール:前川 あずさ(まえかわ・あずさ)
政治哲学、臨床哲学を通じて「ひととひとの関わり」について考えている哲学科の大学生。好きなものは油そばと旅、おしゃべり。

 


公開日:2019年01月31日