取材・文 前川あずさ
6月1日と2日の2日間、埼玉県立不動岡高校の文化祭の一画で「igokuフェス@ふどうおか」が展開されていた。昨年12月にいわきでの「いごくツアー」に参加した高校生たちが、自分たちの体験を共有する場として企画したものだ。高校の文化祭と、いごく。果たしてどんな空間になったのだろうか。
死をゆるく考えるための仕掛けたち
校舎へ入って、「高校の文化祭」の空気に気圧されながら廊下を進む。色とりどり、丁寧に演出された数々の教室を観察しつつ、メイド服姿の男の子とすれ違ったところで、廊下の突き当たりに鮮やかな「入館体験」の文字を見つけた。
おばけやしき、ではない。廊下に面した壁には大きく「igokuフェス@ふどうおか」と出ている。教室のドアにはそれぞれ、この世、とあの世、と書かれたのれん。「あの世」ののれんの方をくぐって、中へ入るようになっていた。
“「死」とは?そして「生」とは?”――入場すると、手書きのイントロダクションにそんな問いを投げかけられる。ちょっと面食らうかもしれないその問いを受け止めつつ、改めて教室の中を見渡すと、その壮大な問いをゆるく、楽しみながら考えるための仕掛けが用意されていることが分かる。死、あるいは生といった重みのある言葉をまるごといっぺんにしょい込むのではなく、どこか親しみやすい手触りとしてちょっとずつ体験していくための、仕掛けだ。
まず、今回の文化祭の企画の原体験でもある、昨年12月に行われた「ふくしま学宿」の様子が紹介されていた。死からの逆走いごくツアーと、双葉郡、南相馬、福島市で行われた研修の概要が、参加した生徒のコメントと共に展示されている。「福島での研修の報告かと思ったら、ずいぶんイメージと違ってびっくりしちゃいました」。展示を見ていた方がそう話してくれたほど、やはりこの体験そのものに人々を惹きつける意外性があるんだろう。
そして来場者は、高校生たちのいごくツアーでの実感をこの場で追体験していくことになる。生徒たち自身はいごくツアーをどう捉え、どのように拡張していきたいと考えたのか。彼らのそんな試行錯誤の足跡に自らの足を添わせていくような感覚がある。ひとつの体験が次の誰かの体験へと連鎖していっているそのことが、独特の温かさを醸し出していた気がする。
なりきり高齢者のコーナーでは、左右の重さの違うサンダルや前かがみの姿勢に固定するためのサポーターを装着して歩いてみることで、高齢者の身体を疑似体験することができる。また、手首におもりを付けて字を書いてみたり、ものを見えにくくするゴーグルをはめてチラシを読んでみて、実際の生活の中の困りごとを考えてみたりもする。
年を取って飲み込む力が弱くなると、口にできるものも限られてくる。普段私たちが飲んでいる飲み物にとろみをつけて、とろみ食と同じ食感を味わってもらう「とろ~りドリンク」のコーナーでは、実際にそれを飲んでみて味や口触りがどう変化するかを体験することができた。
提供されているのは、お茶、水、コーヒー、サイダー、コーラ、カルピスの6種類にとろみをつけたドリンク。いちばん美味しく飲めたのはコーヒーで、コーヒーゼリーのような感覚で、つるりと飲み込めた。いちばん美味しくなかったのは意外にもお茶で、とろみがつくことで苦みやえぐみが口の中にもやもやと残る感じがした。
将来年をとって飲み込む力が弱まったら、毎日これを口にすることになるかもしれない。「人生の価値ってどこにあるのかなっていうことを、考えちゃいますよね」。とろ~りドリンクを提供する高校生から、そんなことをさらりと言われたりするので面白い。
薄い青の背景と黒い縁取りのセットを使って、遺影のような写真を撮ることができる「涅槃スタグラム」は、女の子たちが「めっちゃ盛れる!」と言いながら和気あいあいと撮り合っていたのが印象的だった。本当の遺影では絶対にしないようなおどけた表情をしてみたり、はたまた仲良しの子と二人で撮ってみたり。実際にはありえなさそうだからこそ、実際の遺影もこれくらい楽しそうなものだったらどうなるんだろうな、とふと想像してみてしまう。
そして、やはり教室の中で最も存在感を放っていたのは真っ白な棺、入棺体験である。棺に横たわると丁寧に「ご自分の一生を振り返ってみてください」と声を掛けられて蓋が閉まり、一度小窓が開けられて親しい人と最期の別れを交わす。執り仕切る高校生の合図で合掌が行われ、しばらくするとすぐに蓋が開けられる。棺に入る人もそれを見守るひとも、自分や他者がこの世を去るその瞬間を自然と演じることになるのだった。
蓋が開けられたときに、戻って来れてよかった、とこぼす人もいれば、面白かった、暑かった、と笑いながら言う人もいた。その場で初めて居合わせた誰かの棺に入る場面を見送ることになるのも不思議な感覚だった。入棺体験をするともらえる「入棺体験証」は、なんと180人あまりもの来場者の手に渡ったらしい。それぞれの体験者は、何を感じていたのだろうか。
ずっと見ていると、「不思議な感覚」は続いた。扱っているテーマと、場を動かしている生徒たちの表情と、訪れた人たちの反応と。それらを包み込んでいる、この場そのものの不思議さは、なんなんだろう。そんな好奇心が、ぐるぐると頭の中を巡った。
後編へつづく
公開日:2019年06月19日