すべては、「意志」からはじまる

アルツハイマーデー記念講演会


 

「忘れても あなたはあなたの ままでいい」

これは、2022年度の世界アルツハイマーデー・月間の標語として、多数の応募の中から選ばれた言葉です。国際アルツハイマー病協会と世界保健機関が9月21日を「世界アルツハイマーデー」、9月を「世界アルツハイマー月間」と制定し、認知症について知ってもらおうと、さまざまな取り組みを行なっています。そんななか、いわき市でもその趣旨に賛同し、市民の認知症に対する理解を深めることを目的に、「2022年度世界アルツハイマーデー記念講演会」が開催されました。講演会に参加したいごく編集部が、その模様をレポートします。

 

講演を聞いての学びを、手元にメモするみなさん

 

当日は、いわきと八王子で認知症当事者の社会参加の場をつくる二人の講師による講演が行われました。この会の主催を務めたのは、いわき市と公益社団法人認知症の人と家族の会福島県支部のみなさんです。いわき産業創造館で開催された講演会には、地域の方や、いわきで医療・福祉・介護の仕事に関わる人など、多くの方が参加しました。開会の挨拶が終わると、早速これまでの実践談をふまえた二人の講演がはじまりました。

 

 

−声をかたちにし続ける

一人目の講師は、株式会社ウインドミル・DAYS BLG!はちおうじの代表を務める守谷卓也さん。守谷さんは、病院や施設の介護課長を経て、デイサービスセンターの管理者として勤務。そこで若年性認知症の利用者と出会い、既存のデイサービスへの限界を痛感します。2016年3月に、介護保険サービス利用中の認知症の方が、有償ボランティア活動を行える社会参加型のデイサービスを八王子市ではじめます。活動をより持続的なものにするために、同年12月に「DAYS BLG!」に暖簾分けをしてもらい、翌年4月に「DAYS BLG!はちおうじ」を開設しました。

 

DAYS BLG!はちおうじの代表を務める守谷さん

 

守谷さんからは、「本人の声から始まる~認知症とともに希望のもてる社会へ~」というテーマで、DAYS BLG!が大切にしている価値観やこれまでの実践をお話しいただきました。

そもそも、DAYS BLG!は、DAYS=日々、B=障がい(barrier)、L=生活(life)、G=集い(gathering)の略で、「障がいがある生活を、皆で集まって、感動的なものにしよう」と感嘆符の!(Exclamation)がついています。この言葉には、「一人ひとりが自分の意思で自分の望む生活を送り、人生の主人公でいられる社会を実現する」という理念が込められています。

 

DAYS BLG!には、こんな意味が込められています

 

2019年には、「100BLG構想」はよばれる、BLGの理念を共有した認知症共創コミュニティを日本全国に100カ所つくろうという構想が立ち上がりました。現在13の拠点が全国に広がっています。守谷さんは、DAYS BLG!について次のように語ります。

「DAYS BLG!は、本人の想いと社会・地域・企業をつなぐハブの役割を果たしています。介護・福祉の現場では、利用者の希望をきく前に、決められたプログラムをやらせようとしていたり、過度なサポートをして自主性を奪ってしまったりするなんてことが、日常的に起きています。DAYS BLG!では、まず本人の声に耳を傾け、その声をひとつずつ形にすることを大事にしています。」

 

DAYS BLG!はちおうじに通うメンバーのみなさん

 

守谷さんをはじめ、全国のBLGのスタッフたちは、企業や地域と連携して、施設に通うメンバーとともに、さまざまな活動の場をつくってきました。広がりを見せる活動のはじまりにあるのは、いつも「目の前の人の声」です。日常に向き合い、愚直に行動し続けてきたこれまでの軌跡をお話から学びました。

 

 

−日常の選択肢を増やす

二人目の講師は、株式会社ロングリバー・デイサービス福老BLGいわき代表の長谷川正江さん。長年にわたり認知症高齢者の当事者支援に携わってきた長谷川さんは、100BLG構想の趣旨に賛同し、いわき市内で初めてのBLGの拠点「デイサービス福老」を2020年に開設しました。翌年には、「にぎらないおにぎりカフェふくろう」をオープンさせ、デイサービスに通うメンバーもスタッフとなり、全員で運営を行なっています。

 

デイサービス福老BLGいわき代表の長谷川さん

 

デイサービス福老では「利用者から生活者へ」をコンセプトに、あたりまえの日常生活を継続できる場所を目指しているそうです。あたりまえの日常と聞いて、みなさんはどのような生活を思い浮かべるでしょうか? スポーツ好きな方であれば、休日にサッカー好きな人と集まってフットサルをする、旅好きな方であれば、路線バスに乗ってまちをめぐるなど、趣味に費やすちょっとした時間も、「あたりまえの日常」に含まれているはずです。

「認知症」と診断されると、周囲の偏見によって、たちまち日常が奪われてしまうことがある。日々現場で働く中で、長谷川さんもそんな現実を目の当たりにしてきました。「病気の有無に関わらず、誰もがあたりまえの日常を送れる環境を、いわきにつくっていきたい」という長谷川さんの強い思いが、福老のコンセプト「利用者から生活者へ」を根っこで支えています。

 

社会参加の機会を増やすことを目標に掲げる、デイサービス福老

 

「BLGでは、やってみたいという本人の『意思』を、いろんな人を巻き込みながらみんなで実現させていきます。おにぎりカフェふくろうをはじめたのも、働きたいというメンバーの『意思』を形にしたかったからです。ふくろうでは、有償ボランティアとして活動したメンバーに対価をお支払いしています。誰かの役に立てたという実感が、本人の生きがいや生活の楽しみにつながっていくと思いますし、今後も社会に関わる機会を増やしていきたいですね。」

 

カフェふくろうでは、ボリューム満点のランチが食べられます

 

デイサービス福老いわきBLGを立ち上げてから、スタッフ同士はもちろん、メンバーともよい関係を築けるようになったという長谷川さん。カフェや経営でうまくいかないことがあった時も、自分たちがいるからと励ましてもらうこともあったそうです。「自分の意思を大切にする」という価値観を全員で共有しているからこそ、役割や立場を超えて、よりよい関係性を築けているのだと思います。

 

 

−周りにも、広がる

二人の講演が終わり、最後は守谷さんと長谷川さん、認知症の人と家族の会福島県支部に所属する川美知子さんの三者による対談が行われました。対談では、川さんをはじめ、参加者のみなさんも、BLGの取り組みに関する質問をお二人になげかけます。その中で、長谷川さんが語った、福老に通うメンバーの家族に起こった変化のエピソードが印象的でした。

 

川崎さんも交えての、3人での対談

 

「ご家族に、メンバーが働いている姿を一度みにきてもらったことがあったんです。本人はとても集中していて、家族が来たことに全く気付いていなかったんですね。後日、その様子をみていたご家族から、『これまでは妻の病気について勉強してこなかったけれど、妻が元気に働く姿をみて、認知症について勉強してみようと思うようになりました』という言葉をいただきました。ここに通っていただいて、本人だけでなく、家族にもいい影響があったのだと知り、嬉しくなりました。」

施設の中ではなく、社会に開かれた「BLG」があったことで、家族ですら見れなかった姿を見ることができたのだと思いました。病気に向き合うのは、本人だけではありません。BLGを通じて、本人を支える家族、そして地域の理解が少しずつ広まっているのだと感じました。

 

 

「あの人、認知症で困っているはずだから助けてあげないと!」

誰もが暮らしやすい社会と聞くと、何か特別なことをしてあげなきゃという思いを抱く人も多いかもしれません。自分であれこれ考える前に、まずは目の前の人と向き合ってみる。BLGで大切にされている「本人の気持ちを確かめる」ことは、ひと呼吸置いて周りをみわたしてみようと、私たちに向けられたメッセージのような気がしました。


公開日:2023年02月13日