在宅医療のエッセンスを「劇」で伝える


色々な調査結果を見るとわかるんですが、なんだかんだで皆さん「自宅で死にたい」と思っていらっしゃるんです。だけど、実際には「家族に迷惑かけたくない」と思って、自分の希望を言い出すことができなかったり、患者の家族のほうも、なんだかんだ「なんかあったら怖いから自宅より病院や施設のほうがいい」と希望してしまう。

実は日本、「家で最期を迎えられる率」がとても低いんだそうです。とりわけ、いわき市は全国平均以下。終末期医療のフェイズに入っている方の8割近くが「自宅で死ぬこと」を望んでいるのに、自宅で死んだ人は10数パーセントしかいなかった、なんてデータもあるそうです。医療が発達して望む治療は受けられるけれど、望むような死に方はできない。それが日本なんですね。

でもそれってちょっと「いびつ」だよね、家で最期を迎えたいと望む人がいるならば、そういう選択肢を用意しないといけないよね、というのが「在宅医療」の理念でもあります。関係者の皆さんも、在宅医療について広く考えてもらいたいと各地で様々な活動をしてきました。ですが、専門的知識が必要だと思われてたり、「死」というテーマが半ばタブー化するなかで、どうしても議論が深まっていかない。

A医師「書類作っても読んでもらえない、説明しても専門的で難しくなっちまう。なじょしてアピールしたらいいんだ! みんなで考えっぺ!」

B支援員「パンフレットでわがりにぐいんだったら、みんなで劇でもやるしかねえんじゃねえげ?」

ケアマネC「なにいってんの! 劇なんてやったごどねえ人しかいねえのに!」

A医師「いや、劇はおもしーがもしんにど。おれは医師の役ならでぎっかも」

栄養士D「んだんだ、自分の仕事の役で出ればいいんだ。あだしは栄養士やっから。とりあえずやってみっぺ。劇、やってみっぺ!」

B支援員「じゃあ今度草野で『たっしゃか』あっぺ、そこで初公演やってみっぺ。意外と盛り上がっかもしんねー。やっぺやっぺ!」

なんて具合で開催が決まったのかは知るよしもありませんが(聞いたら本当にそんなノリで始まっちゃったらしいけど)、本当に、いわきで在宅医療に関わる皆さんが自前で劇を作り、自分たちで役者になって、それを上演してしまったんです!! これは事件です!!

医師の松田先生の問いかけから始まる劇。劇の途中でも、松田先生による脳梗塞の解説が入る。

脳梗塞で倒れてしまった旦那さんと奥さんのやり取り。

劇が上演されたのは、草野公民館で年に3回開催されているつどいのフェス「たっしゃか草野」。草野の皆さんが100人近く集まったその会場で、劇は上演されました。制作したのは、平在宅療養多職種連携の会。劇のタイトルは『家で暮らしたい』です。

医者、ケアマネ、薬剤師、理学療法士らプロフェッショナルが自らと同じ職業の役柄を演じ、脳梗塞でリハビリが必要になった旦那さんと、夫を介護する奥さんの2人を様々にフォローするという医療福祉の劇。大反響のうちに幕を閉じました。

劇では、まず竹林貞吉記念クリニックの松田徹先生が「医師役」で登場。「皆さんは、どこで、最期を迎えたいですか」と問いかけてレクチャーがスタートします。そして、多くの高齢者が「自宅で最期を迎えたい」と望んでいるのに、ほとんどの人が病院で最期を迎えざるを得ないという現状を解説しながら、在宅療養の意義や目的を紹介。そこから劇の第一幕が始まります。

脳梗塞の後遺症が出てしまった旦那さん。ケアマネと支援員と相談しながら、在宅での介護の道を探る。

会場となった草野公民館に集まった地域の皆さん。真剣な表情で劇に見入っていました。

歯科衛生士役の島美香さん。高齢者の健康の鍵、歯の磨き方について的確にレクチャー。

現役の理学療法士、中島敏美さんがリハビリについて解説。その後、会場の皆さんとの体操も指揮して頂きました。

主演の妻役は、地域包括支援センターで支援員を務める緑川しのぶさん。夫役は、実際に草野で暮らす民生委員の佐久間さんを起用! 旦那さんが脳梗塞でリハビリを余儀なくされるという設定で物語が始まり、様々なプロフェッショナルたちからアドバイスを受けていきます。

ある日、旦那さんが脳梗塞になってしまう。介護が始まって妻もストレスが生まれてしまう。旦那さんが望むとおりに自宅で介護したいけれど、何をどう始めればいいのか分からない。悩んだ奥さんがケアマネージャーに相談すると、呼びかけに応じた栄養士、歯科衛生士、薬剤師、理学療法士、ヘルパー、5人のプロフェッショナルがやってきて、それぞれの立場から在宅療養のためのアドバイスをしていきます。

この劇が面白いのは、劇に登場するプロフェッショナルが、実際にその役柄と同じ仕事をしているという点。劇団員でもなんでもない、医療福祉、介護の当事者が「劇」をやってしまっているんです。ところが、悩める夫婦に対するアドバイスは、実際の現場でも成されていることなので説得力がありますし、コメント1つひとつが実に専門的なんです。

管理栄養士役の加藤すみ子さん。本職でももちろん管理栄養士として活躍中。

ヘルパー役は、現役ヘルパーの坂本香澄さんが演じた。家族を的確にサポートしていく。

薬剤師役として登場した松崎登志子さんも現役の薬剤師。白衣姿もしっくり。

最初は大変だった夫婦も、専門家のアドバイスを受け、最後は、杖をつきながら地域社会に復帰していきます。劇の途中途中で、松田先生の医療的アドバイスもあるため、この劇を見た人は、劇を通じて脳梗塞の危険性や、それを防ぐための食事、いざなっていまったときの対応や、在宅でリハビリしていくために何がを必要なのか、などを学んでいくわけです。

夫役の男性が草野のごくごく普通のお父さんなので、演技なのか素なのか分からない演技が実に微笑ましく、劇はつねに笑いと学びのなかで進められていきます。これなら確かに、講話や座学より、楽しく、分かりやすく実感を持って学べるはず。劇の終わりには、リハビリ体操や質問コーナーも設けられていました。頭と身体を目一杯使った、充実した時間になったようです。

今回、大好評で幕を閉じた劇『家で暮らしたい』。次回の講演も決まっており、赤井地区のつどいの場で第2回公演が行われるようです。ゆくゆくは「市民の前で」という野望もある様子。平在宅療養多職種連携の会の「劇団」としての活動、今後も目が離せません!


公開日:2017年09月18日