命のバトンをつなぐ「看取り士」という仕事

日本看取り士会看取りステーションふくしま所長 氏家美千代さん


 

マザー・テレサが残した数々の名言の一つに、こんな言葉がある。「人生の99%が不幸でも、最期の1%が幸せならば、その人生は幸せなものに変わる」。人生の最期をどう迎えるか。これは、遅かれ早かれ、生きている間に誰しもが考えることだ。igokuでも、その問いをタブー視せず、さまざまな取り組みを伝えてきた。人生の最期を考えるにあたり、もう一人の家族として寄り添ってくれる人がいるのをご存知だろうか。それが「看取り士」だ。

(文/前野 有咲)

 

−島根から始まった「看取り士」

看取り士とは、本人や家族が旅立ちを意識したときから納棺の前までを支援する職業のことをいう。どこでどのように最期を迎えたいのか、葬儀やお墓はどうするかといった要望をご本人から聞き取って専門職につなげたり、看取りの瞬間に立ち会ったり、残された家族の精神的なサポートをおこなったりするのが主な仕事だ。医師や看護師、ケアマネジャー、ボランティアスタッフらと連携し、24時間体制で、本人とその家族に寄り添っていく。

看取り士の歴史は浅く、長年、看取りの実践を行なってきたケアマネジャー柴田久美子さんの実践・提案から生まれた。柴田さんは、島根県隠岐諸島の人口600人の離島「知夫里島(ちぶりじま)」で多くの方を看取り、新たな終末期のモデルが必要だと痛感。2012年に「一般社団法人日本看取り士会」を設立し、看取り士を増やすための活動をスタートさせた。

 

柴田さんのこれまでの活動をまとめた書籍「私は、看取り士」。

 

2016年の時点では、全国で110名ほどしかいなかった看取り士だが、今では2020名もの方が、それぞれの現場で看取り士として活動しているそうだ。看取り士になった人の「前職」の内訳を見ると、看護師が6割、介護士が3割だというから、福祉の仕事に関わる人が、専門的な仕事を経験した後に看取り士を目指すというケースがほとんどだといえる。2019年には、榎木孝明さん主演の映画「みとりし」も公開されるなど、注目を浴びている。

 

−看取り士の実践

福島県の看取り士の数は現在21名。自宅で最期を迎えたいと考える高齢者が増え、在宅医療や在宅介護のサービスを受ける人が増えている今、さらなる増加が求められているようだ。看取り士は、この福島県でどのように働き、ご本人や遺族を支えているのだろうか。日本看取り士会看取りステーションふくしまの所長を務める氏家美千代さんにお話を伺うことができた。

 

福島県での看取り士養成に尽力されている氏家さん。

 

普段の業務は大きく三つに分けられるという。一つ目は相談業務。本人と家族の不安に寄り添ったり、病院から自宅に戻ったあとに診察してくれる訪問医や、ケアプランを策定してくれるケアマネジャーを探したりと、幅広い悩みに対応する。

二つ目が、看取りの作法の伝授。氏家さんによれば、膝枕をし、呼吸合わせをするのが、看取り士会独自の看取りの作法だそうだ。「頭の重みや体温を直接体で感じることでしか、命のバトンは引き継がれない。そんな思いから、誰でも看取りを行えるこのスタイルを柴田会長は確立してきました」と氏家さんはいう。

三つ目が臨終の立ち会いだ。先ほど紹介した看取りの作法を家族に促しつつ、臨終に立ち会うさまざまな人たちの思いを現場ですり合わせていく。誰もが予定通りの臨終を迎えられるわけではない。たとえば、家族が到着する前に家族が亡くなってしまうことも多々あり、臨終に立ち会えなかったと後悔するご遺族も少なくないという。そんな時でも、氏家さんたちは命のバトンの受け渡しに力を尽くす。

「臨終に立ち会えなかった、死に目に会えなかったという後悔を引きずってしまう方は少なくありません。でも、じつは、臨終してから数時間ほどは身体は温かいんです。特に背中は、ご本人のたしかな体温が感じられます。ですから、私たち看取り士は、背中に触れてあげてくださいと促しながら、残された家族が、亡くなられた本人の命のバトンを引き継ぐことに集中できるよう、環境を整える。それが私たちの仕事です」

臨終は、本人から周りの方へ命のバトンが受け渡される特別な瞬間だ。この一度きりの特別な瞬間に立ち会うだけでも大変なのに、氏家さんたち看取り士は、一人ひとりの状況や想いを汲み取りながら、その人に合った看取りの環境を整えようとされている。看取り士というのは、サポーターでもありプロデューサーでもあるのだと感じた。

看取り士の仕事はそればかりではない。葬儀社を探し、ご本人の希望通りに葬儀が行えるのかの調整を行うのも看取りの仕事である。もちろん、最終的には遺族が葬儀の内容を決めることになるが、大切な人が亡くなった直後というのは、葬儀に手がつけられるような心の状態ではないことも多く、看取り士が、初期の交渉を担当することもあるという。どの仕事も、「その時」を迎えるにあたり、いざという時にご家族が慌てないよう、事前の準備を家族と一緒に進めていくことを大切にされている。

 

−看護師を支える「看取り」

実は、いわきにもたった一人の看取り士として活動している方がいる。名前は白岩美幸さん。看取り士として活動にするには、本人とその家族を24時間サポートする体制が求められるため、同じ地域に最低5人の看取り士が必要とされている。そのため、現在白岩さんは看取り士の資格を有する「看護師」として働いている。白岩さんは、数年前に看取り士の存在を知り、資格取得のために講座を受講した。

 

いわきで唯一の看取り士、白岩さんにもお話を伺った。

 

「看護師として、これまで終末期の方の臨終の場面に立ち会う機会はよくありました。しかし、次の業務があってすぐにその場を離れなければならず、自分の対応は本当にあれでよかったのかと、迷ったり思い悩んだりすることが多々ありました。講座を受講してからは、看取りの考え方が現場での対応や自分の判断に活きているなと感じています。」

看護師の中でも、看取り士の認知度はまだまだ低い。正解がない「死」との向き合い方に関して、現場で働く医師や看護師が抱える不安が少しでも軽くなればという白岩さん。いわきで看取り士として活動していくために、今後も活動の周知や現場での実践を重ねていきたいと話す。

「看取り士になってからの大きな変化は、死をポジティブに捉えられるようになったことです。私たち看護師も、ご家族と一緒に命のバトンを受け取っている存在だと思います。これからも、命のバトンを引き継ぐ看取り士・看護師という仕事に誇りと責任を持ちながら、活動を続けていきたいですね。」

看取り士の数が多い県では、官と民が連携し、福祉のイベントや懇親会、医師会のゲストスピーカーに看取り士が呼ばれる機会があるという。このように、看取り士という新しい仕事をより多くの人に知ってもらうためにも、地域のコミュニティやネットワークなど既存の地域資源にアクセスできるかどうかが、課題である看取り士の「認知」を広げる鍵になりそうだ。

 

−バトンを受け継いだわたしたちは

平成29年度に実施された「人生の最終段階における医療に関する意識調査」のうち、人生の最終段階について考える際に重要なことは何かという質問で、一番多かった回答は「家族等の負担にならないこと」であった。この調査から、自分が死ぬことは迷惑になるという考えを持つ人が多いことが明らかになっている。時代の移り変わりと共に家族のあり方が変化し、介護や看取りを病院やサービスに任せきりにしたことで、死について家族と話す時間が減ってしまったことも原因として考えられるだろう。

看取り士という仕事が当たり前になることは、日常で、どんな最期を迎えたいかをちょっとだけポジティブに考えるきっかけをもたらしてくれる。タブー視され、距離が離れてしまった「死」とわたしたちとのバトンをつなぐのもまた、「看取り士」なのかもしれない。

「自分の家族、そして地域の看取りをどう考える?」氏家さんと白岩さん、二人の看取り士から受け取ったバトンには、わたしたちにこんなメッセージが投げかけられているように感じた。この問いに向き合い、次にバトンを受け継いでいきたいと思う。

 


公開日:2022年11月17日

氏家美千代(うじいえ・みちよ)

日本看取り士会看取りステーションふくしま所長。東北福祉大学社会福祉学部卒業。
十分な医療と介護のもとで父親を看取りつつも「家に帰りたい」との思いに沿えなかったことから、看取りの在り方について深く問うようになり、「看取り学」に共鳴する。現在は、住み慣れた自宅で、縁のある人々に見守られ、安心して旅立つ「最期」を迎える手助けをする「看取り士」として日々活動する。