みたい景色を、仲間とつくる

株式会社ロングリバー 長谷川正江さん


 

認知症フレンドリーコミュニティ(DFC)という言葉を聞いたことはありますか? イギリスのアルツハイマー病協会では、認知症フレンドリーコミュニティを、「認知症の人が高い意欲を持ち、自信を持って、意義のある活動に参加、貢献できると感じられるようなコミュニティ」と定義しています。DFCは、認知症になってからも、これまでと同じように当たり前の暮らしを送ることができる地域社会ともいうことができ、日本のみならず世界中でもさまざまな取り組みが実践されています。

活動が広がりつつある中、2021年より内郷地区で新しい取り組みをスタートさせた方がいます。名前は、長谷川正江さん。長谷川さんは、長年にわたり市内の訪問介護事業所にてヘルパーとして勤務し、認知症高齢者の当事者支援に関わってきました。その後独立し、2011年5月に株式会社ロングリバーを設立。訪問介護、通所介護事業を展開させてきました。これまで、ヘルパーとして、経営者として活動してきた長谷川さんは、認知症の人が活躍できる場をつくりたいと、新たににぎらないおにぎりカフェふくろうをはじめられました。おにぎりカフェをはじめた経緯や想いを長谷川さんに伺いました。

(文/前野 有咲)

 

-本当にやりたかったサービスを目指して

ロングリバーが運営する「にぎらないおにぎりカフェふくろう」は、火曜日から金曜日の11時から14時30分、週4日オープンしています。カフェのスタッフを務めるのは、長谷川さんたち職員スタッフと、「デイサービス福老」に通うメンバーたち。デイサービス福老は、ロングリバーの拠点の一つで、2013年から内郷でサービスを行なっています。

 

終始にこやかな表情で、インタビューに応える長谷川さん

 

長年ヘルパーとして働く中で、食事や入浴の時間など、決められた時間割に沿わなければいけないことに疑問をもっていたという長谷川さん。その疑問は、デイサービス福老を立ち上げる動機にもつながっています。

長谷川:誰だって、その日の気分や体調でやりたいことやできることは変わりますよね? 日常生活を営む場所であるはずの施設で、本人の希望を叶えることよりも、自分たちや家族の都合が優先になっている。そうした現状を変えたいという思いがずっとありました。

 

講演会でも、福祉に対する違和感を語られていました

 

長谷川さんは、本人の気持ちに寄り添いたいと、まずはデイサービスの中で、メンバーが1日やってみたいことに取り組むことからはじめました。自分たちで作った料理をせっかくだから誰かに食べてもらいたいと、独自で販売をはじめてみたこともあるんだとか。この取り組みをもっと地域に開いていきたい、持続したものにしていきたいと考えていたときに、みつけたのが「DAYS BLG!」でした。

DAYS BLG!は近年注目されている新たな福祉サービスです。DAYS=日々、B=障がい(barrier)、L=生活(life)、G=集い(gathering)の略で、「障がいがある生活を、皆で集まって、感動的なものにしよう」と感嘆符の!(Exclamation)がついています。要介護認定を受けている方であれば、だれでも利用でき、認知症の方も多く通っています。その目的は、対価を得られる労働や地域のボランティア活動など、「働くこと」を通して、仲間とともに楽しい時間を過ごすこと、社会とのつながりをつくることです。

長谷川:私がやっていきたいと思っていたことをすでにやっている団体だと思いました。全国に拠点があるので、それぞれの現場のノウハウを共有し合えるのも魅力的でしたね。会社のスタッフやメンバーに話した時も、その理念に共感してくれていたので、拠点にBLGを導入するさらなる後押しとなりました。

働くことは暮らしの一部。そう考えると、BLGの誕生によって、デイサービスに「働く」選択肢が生まれたのも、自然な流れだったのではないかと思います。作った料理を売ってみたいという声をかたちにした結果、デイサービス福老ではじまったおにぎりカフェ。長谷川さんの話から、ふくろう誕生の成り立ちを学びました。

 

 

-コミュニティだからこその強み

株式会社ロングリバーは、BLGを導入してからもうすぐで2年を迎えます。導入してからこれまでを振り返る中で、多くの気づきや変化があったと長谷川さんは語ります。

長谷川:BLGの研修を受ける中で、そばでなんでもやってあげようとする姿勢がスタッフ側の自己満足だったと知り、衝撃を受けました。心配だからどこへでもついていくのは、この人はできない人と言っているようなもの。その人を信じてあげようとすると、おのずと忙しなく動き回ることがなくなるんです。施設に流れる時間も、とてもゆっくりになりました。そのおかげで、メンバーも自分の悩みを打ち明けてくれるようになりましたし、何より認知症に対して、認知症の当事者が向き合おうとしている様子が見受けられるようになりました。

ゆとりが生まれたことで、「デイサービス福老」には、みんなが等身大でいられる居場所も同時に生まれていました。本人の声を形にするには、まずその声に耳を傾ける姿勢と時間が必要。時間のゆとりが、BLGの理念を支える土台になっていることがわかります。

また、スタッフが自分の「認知症」に対する捉え方に衝撃を受けたというエピソードも印象的でした。認知症の方と関わる機会が少ない人であればなおさら、自分の偏見にはなかなか気付けないと思います。わたしたちや地域社会の中にも、見えない偏見があちこちに隠れているのかもしれないと感じました。

 

長谷川さんたちがいわきに拠点をつくるにあたり、サポートを行なってきた方がいます。それが、BLGはちおうじ代表の守谷卓也さんです。そばで長谷川さんたちの伴走をしてきた守谷さんにも、約2年間を振り返っていただきました。

 

長谷川さんたちを見守ってきた、BLGはちおうじ代表の守谷さん

 

守谷:正直、最初はもうめちゃくちゃでしたよ。頭では理解していても、それが行動に伴ってなかったりね。特に長谷川さんは何事にも前のめりなので、メンバーさんを置き去りにしていることが何度かありました。本人の思いを形にするのがBLGなので、その度にメンバーと一緒に作る姿勢を大切にしましょうと声をかけていましたね。

新型コロナウイルスが猛威を振るった際も、オンラインでつないだり、普段の様子をビデオに撮って送ってもらったりと、工夫をこらして指導を継続していたそうです。第三者の存在が、自分たちの行動を客観的にみつめる機会になっています。

守谷:今回、久しぶりにいわきの拠点を訪れましたが、自分たち(八王子)と同じような空気感が流れているのを感じました。BLGは、全国にいくつかの拠点がありますが、通所介護のところもあれば、看護小規模多機能型居宅介護のところもあり、事業形態はバラバラです。カタチにこだわるのではなく、それぞれの法人が持つ理念を達成するために、BLGのエッセンスを取り入れるという捉え方が大切だと思います。

 

 

-介護はクリエイティブな仕事

BLGの理念を共有している拠点は、現在全国に13あります。立ち上がってからの年月も地域が置かれている状況も各拠点でさまざま。それぞれの拠点の代表を務めるお二人に、現在感じている課題感をお聞きしました。

長谷川:企業や地域に、「はたらくデイサービス」の認知がまだまだ広がっていないなと感じています。仕事の幅を広げるために企業に挨拶に伺っているのですが、任せたいという仕事は、人目に出ないバックヤード。私たちとしては、表にでてお客さんとコミュニケーションをとれる仕事をと思っているので、ショックを受けました。まずは知ってもらうこと。これまでの自分たちの活動を言語化していきたいです。行動として体現できるようになってきたものの、説明がうまくいかないことが多いので。

守谷:この業界にもっと若い人が入ってきてくれるといいなと思っています。介護は楽しい仕事だということを、BLGのコミュニティを通じて発信していきたいですね。将来、自分たちが認知症になったとしても、安心して暮らせるまちをつくる。こう捉えると、介護の仕事は未来を、まちをつくるクリエイティブな仕事だと思います。

 

介護の仕事は、まちをつくるクリエイティブな仕事

 

BLGの空気感は、BLGにきてみないとわからない。お二人は揃ってこういいます。発信はもちろん、地域にBLGの活動の場を増やしていくこともまた、自分の言葉でBLGを伝える「伝え手」を増やすきっかけになるのかもしれません。

 

 

-仲間が増えると、景色も変わる

インタビューの最後に、これからやってみたいことを伺いました。

長谷川:いわきにBLGの拠点を増やしていきたいですね。以前、他のデイサービスに伺い、そこで時間を過ごしたことがあったのですが、それぞれのデイサービスがもつ独特の雰囲気に、緊張してしまうメンバーの方もいたんです。BLGであれば、同じ価値観を共有しているので、違う場所で新たな交流が生まれ、さらなる刺激につながります。あとは、私とメンバーが犬がとても好きなので、会社でドックランを経営するのも夢のひとつです。

守谷:引き続き、目の前の人の声を聞くことをやり続けていきます。聞いた責任もありますので、ひとつひとつ実現できるように、メンバーと一緒に悩みながら活動していきたいと思います。これは、どんなことがあってもブレないようにしたいですね。

お話を聞く中で、BLGは認知症フレンドリーコミュニティそのものであると感じました。BLGのゴールは、施設を飛び超えて、地域の中でも当たり前の暮らしが送れるようになることです。認知症の人でも使いやすい仕組みになっているかという視点を持つ。それだけでも、普段の行動がちょっとずつ変わっていきます。

守谷さんは、BLGが100カ所できたら認知症の人たちが見える景色が変わるといいます。当事者の声を形にしていくのは、スタッフだけではありません。同じ地域に暮らすわたしたちもまた、その役割を担うひとりだと思います。なぜなら、当事者の声を形にすることは、認知症の人たちの選択肢を広げるだけでなく、将来自分たちが生きやすいまちをつくることにもつながっているからです。BLGの拠点を全国に100カ所作る「100BLG構想」は、まだまだまったばかりです。


公開日:2023年02月13日

長谷川正江(はせがわ・まさえ)

1966年いわき市生まれ。市内の訪問介護事業所にてヘルパーとして勤務したのち、2011年5月に株式会社ロングリバーを設立し、訪問介護、通所介護事業を展開している。2021年10月に、認知症当事者の社会参加の場となる「にぎらないおにぎりカフェ」をオープン。福島県認知症介護指導者や認知症キャラバンメイトとして、地域の認知症ケアの工場や正しい知識の普及啓発にも取り組んでいる。