昨年秋の「いごくフェス」で行われ、編集部も参加した「VR認知症体験」。拡張現実を通じて認知症を「体験」しようというプログラムだったのですが、プログラムを実施している株式会社シルバーウッド、実は、首都圏を中心に、サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」を運営している会社としても知られていて、今、とても話題になっているのです。そこでいごく編集部、銀木犀を見学しに行ってきました。
千葉県浦安市。大きな通りを一本住宅街へと入った緑豊かな街の一角に、それはありました。玄関を入ると、「高齢者住宅」という言葉のイメージを一気に裏切られます。そこにはなんと駄菓子屋が。夕暮れ時、子どもたちが声を上げながらお菓子を買いにやって来ます。すると、どこからともなく利用者がやってきて、子どもたちをにこやかに見守っていました。高齢者が安心して暮らせる住宅は、地域の子どもたちにとっても安心して過ごせる場所になっており、ゆるやかに交わっているのです。
代表の下河原忠通さんに施設の住居のなかを案内いただきました。まず目を引いたのが建物のデザイン。いかにも「デザインに力を入れました」という感じではないのに、洗練されていて、それでいて温もりがある、そんなイメージ。銀木犀専属の職人が仕上げた家具。誰もが自由に借りられる本棚。自由度の高い居室。子どもたちの声が聞こえてくるホール。部屋にいるのが勿体ないくらい、そこには暮らしと人の息遣いが感じられました。
子どもたちがたくさん入ってくるから、銀木犀の玄関の扉の鍵は、日中は開けっぱなし。認知症の利用者が外に出てしまうことも日常茶飯事だそうです。施設内を元気に歩き回れば、転んで転倒してしまうこともあるかもしれません。それでも、暮らしのなかにある危険を事前に説明し、ご本人、ご家族たちも納得・同意したうえで入居しているそうです。
象徴的だったのがお風呂。なんと、最先端の機械浴室が「物置」になっていました。「スタッフももちろん見守りはするけれど、みんな自分で普通のお風呂に入っちゃうから、機械浴室は使わなくなっちゃって。それで物置になっちゃったんです」と下河原さん。暮らしを充実させれば、思わず何かを自分でやってみたくなる。だからこそ体も心も前向きになり、身体機能の衰えを最小限に食い止められる。そういうことなのかもしれません。
下河原さんは「ウチは放任主義なんですよ」と笑います。けれどその「放任」という言葉は、それができるだけの環境がなければ成立しません。自立した生活を導く動線やアイデアをデザインによって空間に落とし込み、適切にスタッフが介在することで、放任できるだけの環境や信頼関係を地道に築き上げている。だからこそ「管理」ではなく「放任」できるのでしょう。
銀木犀では、スタッフによる直接身体的な介助は最低限に見えました(もちろん取材では見えなかっただけでしょうが)。それは言い換えれば、直接的な介助以外の問題は「デザイン」が解決している、ということかもしれません。今まで直接介護を100しなければならなかったのが、そのうち30をデザインや仕組みが補ってくれる。だから70で済む。そんな感じ。
暮らしやすく、利用者とスタッフ、地域の人が交流でき、思わず心がワクワクする。だから利用者もできるだけ自分で自由にやろうとして、考え、体を動かした結果、機能が回復したり、昨日の衰えを最小限にできる。すると、スタッフの直接的な介助の負担が少しずつ減り、機械浴も使われなくなってしまう。そして高齢者住宅は、介護施設ではなく「シェアハウス」になってしまう。
銀木犀のスタッフたちは、まさにそうした「環境をデザインすること」を仕事にしている、と言ってもいいかもしれません。そうした環境づくりが直接的な介助の代わりに利用者を支えているのだとすれば、環境づくりやデザインもまた立派な「福祉」だと言えるのではないでしょうか。
こんな風に、銀木犀にいると介護の定義がどんどん「拡張」されてしまうのです。だからこそ「高齢者住宅」という言葉のイメージと対極にあるような場になっているのでしょう。またぜひ見学させて頂きたいです。というか、祖父母より両親より、まず自分が住みたくなる。銀木犀とは、そんなところです。
公開日:2019年02月01日