こんにちは ラジオ下神白です

県営下神白団地「ラジオ下神白」


 

いわき市小名浜にある災害公営住宅「下神白団地」で、そこに暮らす人たちの声を音楽とともに残そう、そんなプロジェクトが始まっています。その名も「ラジオ下神白」。現在、美術家のアサダワタルさん、映像作家の小森はるかさんらが関わり、定期的にラジオ風番組の収録が行われています。

団地に暮らす人たちの多くは高齢者。その高齢者への取材や聞き取り、作家と高齢者がともに繰り広げていく番組収録、番組を収録したCDの配布に至るまで。プロジェクトのなかに、高齢者の暮らしと記憶をつなぐ「コミュニティ」について考える、多くのヒントが見つかりました。

そこで「いごく」では、この「ラジオ下神白」の担い手たちと連携。現場での思いや、プロジェクトを通じて得られたものを書き綴る連載エッセイを掲載していくことになりました。初回となる今回は、プロジェクトマネージャーとして現場で奮闘する榊裕美さんからの寄稿です。

 


 

下神白通信 vol.1
こんにちは、ラジオ下神白です

文:榊裕美(りんご)

「こんにちは。ラジオ下神白です。」

CDデッキから流れてくるこの声の主は文化活動家のアサダワタル。いわき市小名浜下神白地区にある県営復興公営住宅「下神白団地」の住民とつくりあげるローカルメディア「ラジオ下神白」の冒頭ナレーションである。

「ラジオ下神白~あのときあのまちの音楽からいまここへ」。このラジオ番組は、アサダワタルがパーソナリティを務め、下神白団地の住民コミュニティにおける音楽の記憶と人生の語りを集めたアートプロジェクトだ。

舞台となる下神白団地には原発事故により避難をよぎなくされた富岡町・大熊町・双葉町・浪江町の住民が入居している。入居が始まったのは2015年2月。当時はまだ4町の帰還の目途がたっておらず、下神白団地は終の棲家(ついのすみか)とも呼ばれていた。

入居者のほとんどが65歳以上の高齢者で、独居の方も多い。現在、富岡町と浪江町は既に帰還が始まっており、それに伴って下神白団地の構成はゆるやかに変化を続けている。

 

下神白団地外観。町ごとに棟が分かれている

 

こうした復興団地に焦点を当てるとき、取り上げられる住民はあくまでも「被災者として」の住民像を求められがちだ。震災当時なにをしていたのか。町には戻るのか戻らないのか。そうした質問は、ときに個々人のそれまでの人生の歩みを見えにくいものにする。

彼ら彼女らは原発事故によって生み出された超高齢化団地の構成員として見られる一方で、豊かな経験を重ねてきた一人の人生の先輩でもある。幼いころの家族との思い出やご夫婦の馴れ初め。嫁ぎ先での苦労話や遠洋航海の旅の話。家族を看取りこれから先残りの人生をどう生きるか。歩んできた歴史は、気が遠くなるほど分厚くて深い。

ラジオ下神白では、アサダワタルさんと現地スタッフ数名が住民さんのお宅に伺い、お茶をすすりながら、最近のよもやま話からあの時あの場所で経験した様々な思い出話に耳を傾ける。そして時折、そのとき流れていた当時の流行歌や思い出に残っている音楽は何ですかとさりげなく聞いてみる。

ある方は、農作業と家事が終わった夜中にひと息つきながら姑や家族に聞えないようにとひっそり針を落として聴いていたレコードが「ちあきなおみ」の喝采だと語ってくださる。車を運転しながら。勉強をしながら。お酒を飲みながら。平成生まれで「ながら」音楽を聴くのが当たり前だった私にとって、音楽の持つ意味が年配の方と異なることに気づかされる。

 

女学校時代の写真を見ながら住民から話を伺うアサダワタル

 

音楽を交えた彼ら彼女らの語りは、遠く離れたあの時あの場所で起こった出来事を私たちに想起させる。その中で私は、そこに「いたかもしれない」自分を想像し、ありもしない物語を創り出す。年代も立場も故郷も何もかもが異なる「私」と「あなた」が想像の中で再び出会うことで、目の前にいる「あなた」との関係はこれまでと少し違ったものになる。

震災という期せずして起こった出来事によって “出会ってしまった”私たちは、これからどれだけのことをわかりあうことができるのだろう、また、できないのだろう。その、ひとつのアプローチの方法が「記憶」と「音楽」なのかもしれない。

 

記念すべき第1集のCD。現在は第6集までリリースされている

 

ラジオ下神白の活動がスタートしてからまもなく3年。これまでに6枚のラジオ番組風CDを団地内でリリースしてきた。これまでに取材をした住民の中にはもう既に団地を離れ、元の町や別の地で新たな暮らしを始めた方もいる。そんな団地の変化を見守りながら、復興支援でも高齢者支援でもない、音楽を使ったこの謎の活動はじわじわと変化を続けているのである。

 

今後、ウェブマガジン「いごく」で、この取り組みの一部をお伝えしていきます。コラム「ラジオ下神白」初回はプロジェクトメンバーの榊裕美(りんご)がお届けしました。

 

ラジオ下神白
ディレクター:アサダワタル
プロジェクトマネージャー:榊裕美(りんご)
プロジェクトコーディネーター:鈴木詩織
アーカイブ編集:川村庸子
アーカイブ映像:小森はるか
デザイナー:高木市之助

プロジェクトHP:https://radio-shimokajiro.jimdosite.com/


公開日:2019年11月24日

県営下神白団地「ラジオ下神白」

「ラジオ下神白 あのときあのまちの音楽からいまここへ」とは、 小名浜にある県営下神白団地を舞台に展開される、音楽と対話を手掛かりにしたコミュニティプロジェクト。住民が住んでいたかつてのまちの記憶を馴染み深い音楽とともに収録するラジオ番組を制作し、それらをラジオCDとして住民限定に配布・リリース。この行為を軸に、立場の異なる住民間、ふるさととの交通を試みている。

所在地
いわき市小名浜下神白字舘ノ腰
活動日
不定期
お問合わせ
https://radio-shimokajiro.jimdosite.com/