まちを変えるのは、小さないごき


 

いわき市の最北端に位置する、人口900人ほどの小さなまち「川前」。川前は、川前(かわまえ)・桶売(おけうり)・小白井(おじろい)の三つの地区で構成されています。観光名所である「鬼ヶ城」には、キャンプやドッランなど自然を活用したアウトドアが整備され、冬には雪景色や満点の星空が楽しめます。そんな川前に、地域の賑わいをつくる新たな拠点が立ち上がるということで、いごく編集部、取材にいってまいりました! 

 

 

-新たな歴史をつくる拠点

いわきの中心部から車を走らせること、約1時間。曲がりくねった細い道をやっとの思いでくぐりぬけると、集合場所が近いてきました。現れたのは、かわら屋根の立派な古民家。ここが、新たな拠点となる場所のようです。我々が到着してまもなく、うっすらと雪も降ってきました。ここも、本当にいわきなのか…。すると、一人の女性の方が現れ、中に案内してくれました。

 

拠点となる、築70年の古民家

 

名前は、比佐一枝さん。川前出身の比佐さんは、拠点の立ち上げを中心で担うメンバーの一人。寒さにはもちろん慣れている様子で、さっそくこの場所の説明をしてくれました。

比佐「ここは、昭和28年に建てられた、築70年の古民家です。この家に住んでいた方が10年ほど前に亡くなってからずっと空き家になっていたのですが、親戚のたちが、空気の入れ替えや掃除などを定期的に行なっていたこともあり、今なおきれいな状態で保存されています。」

続けて話を伺っていると、何やらここに住んでいたナガヤマさんのご先祖さまが、実は700年前に川前地区を開拓した第一人者だということが判明しました。新たな拠点となるこの場所は、川前の歴史をずっと見守ってきた場所でもある。寒いという感情から一変、この場所で、新たないごきが生まれる意義のようなものを感じずにはいられませんでした。

 

 

-ないものは、ない

部屋の中をぐるりと見渡してみると、何かをひっかけるのにぴったりな杭をみつけました。階段にのぼらないと届かなような場所にある杭。なぜ、こんなところに…と不思議に思っていると、ここはかつて葉タバコの一大産地だったんだと、比佐さん。

 

葉たばこを乾燥させるのに使っていた杭

昭和60年ごろに作られた葉タバコも吊るされていました

 

比佐「ここに住んでいる小学生はみんな、冬休みになると、ストーブにあたりながら葉たばこを縄に編み込んでいく作業をお手伝いしていたんです。おこづかいをもらっているなんて人もいました。今はもう、すっかりその風景はなくなっていますが、こうしたところに川前の文化が残っていますね。」

たばこ産業がにぎわい、昭和35年に3700人以上が暮らしていた川前地区。まちの人口は、2022年ついに900人をきりました。まちの高齢化が加速するにも関わらず、唯一あった診療所も、医師の先生が亡くなり閉じてしまってから新設されず、医療施設がひとつもないことも大きな課題になっているそうです。

高齢化が進み、これまでできていたことができなくなる。しかし、川前には介護事業所もありません。そうすると、市内の別のエリアに通うことが必要になりますが、そもそも受け入れてくれる施設がなかったり、あったとしても送迎バスに乗るために早朝に起きなければならない、サービスを利用する日が選べないなど、川前では「あたりまえ」が叶わない暮らしが続いていると比佐さんはいいます。

比佐「病気も自分でなんとかしよう、他の人には頼らないでおこうという考えを持っている人が多いと思います。自分たちのことを自分たちでやる土壌が育まれていると言ったら聞こえはいいですが、重病になってから医者にかかる人がほとんどなんですよね。でも、いつしかそれがあたりまえになっていったんだと思います。」

どうにかしたいけど、自分たちではどうにもできない。でも、どうにかするしかない。この地で生きていく決心、あたりまえの暮らしへの諦め、強さと悲しさみたいなものが一緒に渦巻いた、そんな言葉のように感じました。

医療や福祉の問題、比佐さんがこの地に生まれ育ってきて感じる「独特の閉塞感」。さまざまな課題を解決するために、これからどうしていけばよいのか。そこで比佐さんが相談したのが、小川・川前地域包括支援センターの管理者を務める藤舘友紀さんでした。

比佐「民間の自分だけではなかなか動かなかった話が、藤舘さんが入ってきてくれたことで、どんどん前に進んでいくようになりました。日頃から、地域のお年寄りと関わっている藤舘さんは、私よりも深く地域の課題について把握されていましたしね。」

比佐さんと藤舘さん、そして他の住民と話し合う中で、古民家を拠点に、川前で採れた野菜を使ったカフェやみんなのたまり場を運営していきたいというアイデアがあがりました。地域の連絡会などの集まりで、そのアイディアをブラッシュアップさせてきたといいます。

 

山間の川前は水が綺麗なため、野菜もみずみずしく育つといいます

 

比佐「みんながいきいきと暮らせるようになるためも、まずは、自分がいきいきと過ごせる場所が必要だよねと、話がまとまっていきました。小白井(おじろい)・桶売(おけうり)・川前(かわまえ)の三つの地域の頭文字をとって、『小さな拠点おおか(=川前での暮らしを謳歌する)』という名前で、川前に集う人たちの憩いの場を運営していきたいと考えています。」

 

 

-多方面に開く、関わりしろ

午後からは、おおかの「NPO法人」設立総会が予定されているということで、会場の川前公民館に向かいました。会場では、藤舘さんが総会の準備を進めていました。

設立総会には、川前のまちづくりを担う方が多く参加していました。NPO法人「おおか」という名称の提案、取り組みや今後の事業計画についての議論が行われ、すべての議案が可決。NPO法人として、川前で活動していくことを正式に宣言した瞬間でした。

 

総会が行われた川前公民館

 

まちづくりや地域活動は、任意団体やボランティアサークルなど、さまざまな形で活動しているところが多いけれど、なぜおおかはNPO法人でやっていくことにしたのだろうか。会が終わったあとに、その疑問を藤舘さんに投げかけました。

 

地域包括支援センターの藤館さん。川前の情報をいちはやくつかんでいます

 

藤舘「任意団体で、この地域で何十年も活動していくのは難しいと思ったからです。また、川前以外の地域の方たちが関われる機会を作れたらというねらいもあります。いろんな人がここで活動することで、いつか自分の地域も直面するかもしれない課題を先んじて知る機会、地域にとっては閉塞的になりがちなコミュニティの風通しをよくする機会にもなりますしね。双方にとっていい効果が生まれると思いました。」

今まさにはじまったばかりだと思っていた「おおか」は、もうすでに川前の数十年後の「未来」を描きながら活動している。総会を終えたばかりの藤舘さんの言葉から、さきほどの総会は、あくまで通過点にすぎなかったのだと思いました。

お二人が揃ったところで、改めてこのプロジェクトにかける想い、これからやっていきたいことを伺いました。

 

プロジェクトの中心を担う二人。無事に総会が終わり、一安心の様子でした

 

藤舘「わたしたちは普段、高齢者をサポートする、いわば高齢者福祉の最後の方にいる人間ですので、観光とかビジネスに詳しいわけではないんです。けれども、地域の人が元気に暮らせる環境や生活基盤を整えるなど、福祉的な視点を生かして、ここ川前の地域づくりに関わっていきたいと思います。

今後、古民家のリノベーションを計画しています。どんな活動をやっていくか、もっと事業計画を具体的にしていきたいです。活動を後方から支援する立場として、できることをやっていきたいと思います。」

 

川前出身の比佐さん。地元への思いを語ってくださいました

 

比佐「地元の人たちの潜在能力をもっとかしていきたいです。業者や既存のサービスに頼りきりになるのでなく、障子貼りが得意な地元の方に張り替えをお願いするとかね。そういう活動が、病気の予防につながったり、地域での役割を見出すきっかけになったりすると思います。地域の健康日常的に支える拠点としての『おおか』も、視野に入れて活動していきたいです。

もうすでに、この取り組みに賛同してくださっている方も多いので、その人たちのアイデアやいただいた声を形にしていきたいと思います。」

 

 

-小さいからこそ

医療施設がない、子どもが少ない、当たり前にあるはずのものが、ない。こうした地域は、一般的に、過疎化が進んだ地域、限界集落などと呼ばれ、悲観的に捉えられているかもしれません。

今回の取材を通じて、いごく編集部が川前で目撃したのは、うちのまちは、うちらでどうにかしていく」と自分たちのふるさとを守ろうとする人々、地域を外に開きながらみんなでつくっていこうとする人々の姿でした。

地域の人も、よそから来た人も、みんなの手で、ひとつひとつ積み重ねていくことで、まちは少しずつ変わっていきます。たとえ小さな取り組みでも、みんなができることをもちよって、助け合える拠点。それが小さな拠点「おおか」が目指す場のあり方です。「おおか」から芽吹いた小さないごきを、引き続きigokuでもお届けしてきたいと思います!


公開日:2023年05月31日